No Antonym, No border
「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂」
吉田松陰
(このようなことをすれば、こうなることはわかっていた。しかし、それでも私を行動に踏み切らせたのは、日本を想う心に他ならないのだ。)
→黒船密航に失敗し、牢獄に入れられたときの気持ちを詠んだ一句
B’2のお姉さんとネイティブ柄Tシャツはお高い。
発達のプロセスで、もうひとつ重要なことは、常に選択的であるということです。「子どもは遊びながら発達する」と大田曉さんはいっていますが、いい当てた表現だと思います。
そして、選択的というのは、ある可能性が、ある条件との関係で現実化した場合、他の可能性というものが消失するという、そういうプロセスもあるのです。
このことはまた、発達は非可逆的であること、つまり逆もどりはできないということでもあります。 堀尾輝久 著、いわさきちひろ 絵 『子育て・教育の基本を考える―子どもの最善の利益を軸に』 童心社 p.32-33「発達のプロセスは選択的である」
そして、選択的というのは、ある可能性が、ある条件との関係で現実化した場合、他の可能性というものが消失するという、そういうプロセスもあるのです。
このことはまた、発達は非可逆的であること、つまり逆もどりはできないということでもあります。 堀尾輝久 著、いわさきちひろ 絵 『子育て・教育の基本を考える―子どもの最善の利益を軸に』 童心社 p.32-33「発達のプロセスは選択的である」
私たちが子どもを見る場合、発達的な視点で見るということは大きな課題です。
しかしともすれば、発達というものが、何か一直線に一歩一歩前進していくものであると考えがちなのですが、そういうイメージには誤りがあります。発達は進歩とは違います。進歩というのは、一元的なスケールがあって、その尺度にそってものごとが推移していくことをいいます。常にプラスの方向でその軌跡が直線的に描かれるということです。このような見方は十八世紀の啓蒙思想の中で生まれました。発達的な見方というのは、その進歩的見方に対する批判を含んで出てきています。それはものごとが運動するその運動の法則、それは常に動的なものであるわけです。Aという状態はAの否定を含んでBへと展開するという、そういうものごとの見方というものが発達的な見方なのです。
それは一直線的なイメージではなく、段階的なイメージです。それは、ひとつ前と後では、一時期を画するということです。何によって時期を画するのかというと、それは前の段階と後の段階の構造が違うからだということなのです。発達というのはその構造をたえず変えて新しい構造がつくられていく、そのプロセスが発達なのです。 堀尾輝久 著、いわさきちひろ 絵 『子育て・教育の基本を考える―子どもの最善の利益を軸に』 童心社 p.30-31「発達のイメージ」
しかしともすれば、発達というものが、何か一直線に一歩一歩前進していくものであると考えがちなのですが、そういうイメージには誤りがあります。発達は進歩とは違います。進歩というのは、一元的なスケールがあって、その尺度にそってものごとが推移していくことをいいます。常にプラスの方向でその軌跡が直線的に描かれるということです。このような見方は十八世紀の啓蒙思想の中で生まれました。発達的な見方というのは、その進歩的見方に対する批判を含んで出てきています。それはものごとが運動するその運動の法則、それは常に動的なものであるわけです。Aという状態はAの否定を含んでBへと展開するという、そういうものごとの見方というものが発達的な見方なのです。
それは一直線的なイメージではなく、段階的なイメージです。それは、ひとつ前と後では、一時期を画するということです。何によって時期を画するのかというと、それは前の段階と後の段階の構造が違うからだということなのです。発達というのはその構造をたえず変えて新しい構造がつくられていく、そのプロセスが発達なのです。 堀尾輝久 著、いわさきちひろ 絵 『子育て・教育の基本を考える―子どもの最善の利益を軸に』 童心社 p.30-31「発達のイメージ」
子どもが子どもとして発達の可能性を秘めた存在であり、その可能性は大人の世界をのりこえていく可能性を含んではじめて、人類の歴史は変化してきたといえるでしょう。その可能性が人類の歴史を豊かにし、あるいはときに、悲惨にもしているのです。
そういう意味で、子どものことを考えることはじつにおもしろい問題を含んでいます。歴史学でも最近になってやっとそういう問題を本気で考えはじめるようになりました。人間の歴史を考える場合、子どもが生まれて育つ、その成長の歴史を含まずして人間の歴史といえるでしょうか。子どもに着眼するということは、じつは豊かな視点を用意することにもなるのです。 堀尾輝久 著、いわさきちひろ 絵 『子育て・教育の基本を考える―子どもの最善の利益を軸に』 童心社 p.28-29「子育ての歴史と子どもの発見の意味」
そういう意味で、子どものことを考えることはじつにおもしろい問題を含んでいます。歴史学でも最近になってやっとそういう問題を本気で考えはじめるようになりました。人間の歴史を考える場合、子どもが生まれて育つ、その成長の歴史を含まずして人間の歴史といえるでしょうか。子どもに着眼するということは、じつは豊かな視点を用意することにもなるのです。 堀尾輝久 著、いわさきちひろ 絵 『子育て・教育の基本を考える―子どもの最善の利益を軸に』 童心社 p.28-29「子育ての歴史と子どもの発見の意味」
戦後六十余年の歴史をどう見るかという場合、具体的にそれぞれの職場や地域、あるいは子どもを通じて歴史の変化を見ることは非常に大事なことです。戦後改革、安保条約、あるいはベトナム戦争、イラク戦争といった大きな事件をつなぐだけの歴史の見方ではなくて、その間の社会の変化と子どもの変化を見つめながら、自分たちが教えようとしてきた教育がちっとも定着していないという実感を通して、この六十余年の歴史を見直すことが求められているのです。
堀尾輝久 著、いわさきちひろ 絵 『子育て・教育の基本を考える―子どもの最善の利益を軸に』 童心社 p.26「自信をなくした教師と居場所をなくした若者たち」
先年、NHKのシリーズ番組で「子どもたちはどう変わったか」というテーマの放送がありましたが、いまの子どもたちの実態をとらえていて興味深いものでした。日本体育大学の正木健雄氏らが、子どものからだの発達のめやすとして、土ふまずに着目して調査を続けてきましたが、幼稚園の子どもの土ふまずの形成を調べたところ、夏休み前に形成されつつあったものが、休み明けはまた元にもどっているという結果を発表していました。
土ふまずは活発に運動することによって形成されるのですけれど、形成されつつあった子どもの土ふまずが、なぜ夏休みが終わると元に戻ってしまうのでしょうか。それは昔の子どもたちなら夏休みともなると、セミを追いかけたり、泳いだり魚とりをしたりと、真っ黒に日焼けして遊んでいましたから、土ふまずの発達がダウンすることなどありえませんでした。ところが、いまの子どもたちは夏休みには活動しなくなっているのです。外は暑いけれど、家の中は冷房がきいて快適な状態ですので、子どもは汗をかいて激しく活動することはありません。子どもの生活リズムが大きく変化してきたのです。クーラーが普及して、生活が楽になったことが、子どもの発達にとってよかったのかどうかは疑問です。 堀尾輝久 著、いわさきちひろ 絵 『子育て・教育の基本を考える―子どもの最善の利益を軸に』 童心社 p.23-24「六〇年代以後の社会の変化と生活や身体の変化」
土ふまずは活発に運動することによって形成されるのですけれど、形成されつつあった子どもの土ふまずが、なぜ夏休みが終わると元に戻ってしまうのでしょうか。それは昔の子どもたちなら夏休みともなると、セミを追いかけたり、泳いだり魚とりをしたりと、真っ黒に日焼けして遊んでいましたから、土ふまずの発達がダウンすることなどありえませんでした。ところが、いまの子どもたちは夏休みには活動しなくなっているのです。外は暑いけれど、家の中は冷房がきいて快適な状態ですので、子どもは汗をかいて激しく活動することはありません。子どもの生活リズムが大きく変化してきたのです。クーラーが普及して、生活が楽になったことが、子どもの発達にとってよかったのかどうかは疑問です。 堀尾輝久 著、いわさきちひろ 絵 『子育て・教育の基本を考える―子どもの最善の利益を軸に』 童心社 p.23-24「六〇年代以後の社会の変化と生活や身体の変化」
(出典: i-am-the-oracular-spectacular、imgfaveから)
ポストマンは『子ども期の喪失』のなかで、アメリカでは、以前は読み書き文化を中心にして子どもの世界をつくってきたが、一九五〇年を境に、それ以後はテレビが普及するなかで、大人と子どもの垣根がとりのぞかれ、子どもは大人の文化に侵されることになったといっています。子どもは大人から隔離され、読み書き文化の世界に生きていたのが、テレビ文化のために、大人の秘密の世界も子どもの世界に入りこんでいったのです。
たとえば性の世界です。このために子どもの早熟現象が始まり、また他方であてがいぶちの文化のなかで、創造性を失いはじめました。その結果、子どもじみた大人と大人じみた子どもがふえて、大人と子どもの境がなくなったというのです。したがって子ども時代というものは見えなくなったのだという論を展開している。 堀尾輝久 著、いわさきちひろ 絵 『子育て・教育の基本を考える―子どもの最善の利益を軸に』 童心社 p.22「社会の変容と子どもの変化」
たとえば性の世界です。このために子どもの早熟現象が始まり、また他方であてがいぶちの文化のなかで、創造性を失いはじめました。その結果、子どもじみた大人と大人じみた子どもがふえて、大人と子どもの境がなくなったというのです。したがって子ども時代というものは見えなくなったのだという論を展開している。 堀尾輝久 著、いわさきちひろ 絵 『子育て・教育の基本を考える―子どもの最善の利益を軸に』 童心社 p.22「社会の変容と子どもの変化」
Meggs
Australian based artist Dave ‘Meggs’ Hooke is someone who has inspired me heavily. I wouldnt know where to start when it comes to describing his style but if I had to give it a name I would call it dark comic. I would love to waffle on about his work but it would be easier if you just take look. You can more his work at http://www.houseofmeggs.com/
-KingOneUp